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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)6942号 判決

原告

山崎猪里

被告

ロンシール工業株式会社

右当事者間の昭和53年(ワ)第6942号実用新案権差止等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

1  被告は原告に対し、金117万7,168円及びこれに対する昭和52年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払をせよ。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを3分し、その1を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

1 被告は原告に対し、金2,000万円及びこれに対する昭和52年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払をせよ。

2  被告は、別紙物件目録2記載の貼紙防止カバーを製造販売してはならない。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

2  被告

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第2当事者の主張

1  請求の原因

1 原告は、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有する。

考案の名称 貼紙防止カバー

出願日 昭和42年5月12日

公告日 昭和49年4月6日

登録日 昭和52年8月31日

登録番号 第1194387号

2  本件考案の実用新案登録出願の願書に添附した明細書(以下、「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は次のとおりである。

「塩化ビニール、その他の合成樹脂板2が、縦横に適宜の相互間隔を保つて小突起3あるいは凹凸を備えて成る貼紙防止カバー。」(別添実用新案公報該当欄参照)

3(1)  本件考案の構成要件を分説すれば次のとおりである。

A 貼紙防止カバーであること

B 塩化ビニールその他の合成樹脂板からなるものであること

C 縦横に適宜の相互間隔を保つて小突起あるいは凹凸があること

(2)  本件考案は、電柱、街路柱、配電塔、橋脚等の建造物への貼紙を防止することを主たる目的とするものであり、右目的達成のため前記構成を有し、次のような作用効果を奏する。

(1) 合成樹脂板による貼紙防止カバーであるため、建造物自体を加工する場合に比較して製作が容易である(甲第2号証、本件実用新案公報(別添公報と同一。以下、「本件公報」という。)第2欄18行ないし19行参照)。

(2) 合成樹脂製であるから、コンクリート面に比して貼紙を貼り難い(同第2欄13行参照)。

(3) 小突起あるいは凹凸を縦横に備えているので、貼紙を貼ろうとしても広い接着面を与えることなく貼付は困難である(同第2欄10行ないし11行、19行参照)。

(4) 強いて貼付けても、小突起あるいは凹凸との間に雨水が浸入して糊を洗い、またその空間に空気が流れるので、貼紙は剥離し易くなる(同第2欄32行ないし33行、第2欄19行ないし22行参照)。

4  被告は、別紙物件目録1記載の貼紙防止カバー(以下、「イ号製品」という。)を昭和46年3月から昭和52年2月まで製造して、同年11月まで販売し、別紙物件目録2記載の貼紙防止カバー(以下、「ロ号製品」という。)を同年10月から製造販売している。

5(1)  イ号製品の構成は、次のとおりである。

A' 貼紙防止カバーであること

B' 合成樹脂板からなるものであること

C' 縦横に適宜の相互間隔を保つた小突起があること

(2)  ロ号製品の構成は、次のとおりである。

A" 貼紙防止カバーであること

B" 合成樹脂板からなるものであること

C" 縦方向に適宜の相互間隔を保つた突条があること

6  イ号製品及ぴロ号製品は、次に述べるとおり、いずれも本件考案の構成要件をすべて具備しており、かつ、作用効果も同一であるから、本件考案の技術的範囲に属する。

(1)  イ号製品は、別紙物件目録1の添付第2図に示すように、一平方センチメートルあたり8個程度の小突起を縦横に備えた合成樹脂板よりなる貼紙防止用カバーであつて、イ号製品の構成A'、B'、C'は、いずれも本件考案の構成要件A、B、Cを充足する。

(2)  ロ号製品は、別紙物件目録2の添付第2図に示すように、1平方センチメートルあたり4本程度の突条を縦方向に備えた合成樹脂板よりなる貼紙防止用カバーであつて、右突条が本件考案にいう凹凸にあたることは明白である。したがつて、ロ号製品の構成A"、B"、C"は、いずれも本件考案の構成要件A、B、Cを充足する。

なお、ロ号製品の突条は本件明細書添附の図面に示された実施例の小突起の態様とは若干異なるが、本件明細書に「小突起あるいは凹凸」とは、右実施例に示した小突起の態様以外の凹凸をも含ませる趣旨であること明らかであり、しかも、ロ号製品の突条はカバー全体に万遍なく設けられていて、そのカーブは極めて急である(すなわち突条の断面が鋭角状である)から貼紙をすることは困難であり、かつ本件考案の接着面積を少なくするすなわち広い接着面を与えることがないという作用効果も、貼紙との間に雨水や空気を通すという作用効果も奏するものであるから、この点からも本件考案にいう凹凸にあたるといえる。のみならず、ロ号製品の突条も、突条に沿つた直線を除いては、その断面をとると必ず適宜の相互間隔を保つ小突起の構造ともなるのであるから、小突起と同視しうる突条であるともいえるものである。

7  被告は、本件考案のいわゆる仮保護の権利を侵害することを知り、または過失によりこれを知らないで、前記4のとおり、イ号製品を製造販売したものであるから、原告は、被告の前記侵害行為によつて、本件考案の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額の損害を蒙つたというべきところ、被告は、本件考案について出願公告がなされた日の翌日である昭和49年4月7日から昭和52年11月までの間に、少なくとも40万平方メートルのイ号製品を製造販売しており、イ号製品の販売価格は1平方メートルあたり金1,000円を下らず、その実施料相当額は右販売価格の5%を下らない。したがつて、原告の得べかりし実施料の額は、イ号製品につき金2,000万円(40万平方メートル×1,000円×5%)であり、原告はこれと同額の損害を蒙つたことになる。

8  よつて、原告は、被告に対し、イ号製品に関する不法行為に基づく損害賠償として、金2,000万円及びこれに対する前記侵害行為の後である昭和52年12月1日から支払済みまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、ロ号製品について、その製造販売の差止を求める。

2 請求の原因に対する被告の認否

1 請求の原因1ないし3(1)の事実は認める。

2 同3(2)の事実は争う。

3 同4、5の事実は認める。

4 同6の事実のうち、イ号製品が本件考案の技術的範囲に属することは認めるが、ロ号製品が本件考案の技術的範囲に属することは否認する。

5 同7の事実は否認する。

被告は、イ号製品の製造販売に際し、原告の本件考案の実用新案登録出願は登録される可能性が無いものと認識していたものであり、かつそのように認識するについて相当な事由があつたのであるから、被告には不法行為責任を問われるべき何らの過失も存しない。しかして、右にいう相当な事由が存したことは、第1に、本件考案の実用新案登録出願がいわゆる冒認出願である点、本件考案にはいわゆる進歩性が認められない点、本件考案がその実用新案登録出願前公然知られたかないしは公然実施をされた考案であると認められる点など本件実用新案登録の無効理由が多く存すること(乙第15号証)、第2に、出願から登録までに10年もの期間を要し、事実紆余曲折を経たこと(甲第3号証)の事実が存在することからも明らかである。また、被告は、後述するように、本件考案を実施するにつき原告から黙示的に実施権の付与を受けていたのであり、仮に百歩譲つてこれが肯認されないとしても、そのような事情からすれば、少なくとも、被告がイ号製品の製造販売を続けることが法律上許容されると考えるについて相当な事由があつたということになるから、この意味でも被告には過失はない。被告は、右のような事情からイ号製品の製造販売を行なつたものであるので、特許庁がした本件考案についての登録出願は実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができない旨の審決を取消すとの東京高等裁判所の判決があり(甲第3号証)、本件考案について登録査定がなされる可能性が強まつたところで、その製造販売を中止したのである。

ちなみに、昭和49年4月7日から昭和52年11月末日までに被告が製造して販売したイ号製品の数量は総計52,842.1平方メートルにすぎず、売上金額は総計39,238,960円である。したがつて、仮に、原告に損害賠償請求権が認められるとしても、原告の主張する損害額の計算根拠はいずれも極めて過大であり、原告が主張する実施料率も取引通念に照らし不当に高率というべきである。

6 同6は争う。

3 ロ号製品についての被告の主張

本件考案は、合成樹脂板に「縦横に適宜の相互間隔を保つて」、すなわち点状に、小突起あるいは凹凸を配置させた構成を有することを構成要件とする考案であつて、以下に述べる本件明細書の記載、本件考案の出願当時の技術水準、本件考案の出願に対する審査の経過とその審査の経過において原告(出願人)が表明したところから明らかな如く、本件考案の技術的範囲は極めて限定されたもので、ロ号製品のような突条(連続する線状の突起―凸部断面が鋭角状で凹部断面が孤状となつている)を備えた構成の貼紙防止カバーは、本件考案の技術的範囲に含まれないものと解すべきである。

すなわち

(1)  本件明細書の実用新案登録請求の範囲の欄には「縦横に適宜の相互間隔を保つて小突起3あるいは凹凸を備え」と、また考案の詳細な説明の欄には「前記の突起あるいは凹凸は、縦横に適当の相互間隔を保つて配列される」(甲第2号証、本件公報第2欄6行ないし7行参照)と、それぞれ記載されており、右に「縦横」とは、タテとヨコの意味であること明白である。したがつて、「適宜な相互間隔」は「小突起あるいは凹凸」のタテとヨコとにそれぞれ存在していなければならず、「凹凸」は単なる凹凸ではなくて、「縦横に適宜の相互間隔を保つた凹凸」でなければならないのである。そして、このことは、右にいう「小突起」も「凹凸」も、ともに点状に設けられていなければならないことを意味する。原告は、ロ号製品の突条は本件考案にいう凹凸にあたる主張としているが、ロ号製品のように、平行に並ぶ、連続する線状の突条が「縦横に適宜の相互間隔を保つた凹凸」にあたるとすることは、通常の用語の意味を逸脱した独断である。

以上のことは、本件明細書の考案の詳細な説明の欄に、本件考案の作用効果として箇条書きに掲記するその第1番目に「小突起を小さく円錐形、角錐形にして、貼紙に対して点接触で広い接着面を与えることがない」と明記されていることからも明らかである(本件公報第2欄10行ないし12行参照)。つまり、貼紙防止カバーであることを目的とする本件考案においては、その目的を達成するための構成として、カバーが貼紙に対して点接触となるようにすることが必要とされているのである。そして、カバーと貼紙とが点接触となるためには、小突起にせよ凹凸にせよ、点状に配列されていることが当然の前提となるのである。

(2)  また本件考案の登録出願当時の技術水準を示すものとして、実公昭42―5736号公報(乙第3号証)、実公昭39―317号公報(乙第7号証)、実公昭39―18231号公報(乙第8号証)、実公昭39―31370号公報(乙第9号証)あ実公昭40―27894号公報(乙第10号証)が存するが、これらは、右乙第3号証を除いて、いずれも本件考案と目的を一にする電柱等への貼紙防止に関する考案であつて、本件考案の登録出願当時、このような目的意識が公知となつていたことを示すものであるところ、乙第3号証には突条を一体に形成してなる電柱用カバーが、乙第7号証には合成樹脂製の網状体の表面に、縦横に適宜の相互間隔を保つて小突起を備える構成の貼紙防止網が、乙第8号証にはプラスチツク成型の網状体の縦横の線条に、交互に高さの異なる稜線を形成する構成の貼紙防止網が、乙第9号証には、電柱表面に数多くの突起物を設ける構成が、乙第10号証には、貼紙防止性を有する合成樹脂シートを電柱に巻きつける構成の貼紙防止装置がそれぞれ示されている。そして、特に、乙第7ないし第9号証には、突起物もしくは稜線によつて貼紙との接触面積を可及的に少なくし、よつて、貼紙防止性をもたせるという認識までもが開示されているのである。

このような本件考案の登録出願当時の技術水準からすれば、単なる凹凸によつて貼紙との接触面積を少なくして貼紙防止効果をあげるという内容では、到底登録に値する考案たり得ないことが明らかである。そこで、原告は、前記(1)の本件明細書の記載や後記(3)の出願経過に示されているように、本件考案の内容として点接触をする突起であることを強調し、しかも単に点接触すればよいだけではなく、これに加えて、突起間に雨水が浸入して糊を洗い落したり、突起間の空気が膨張して貼紙を剥離する作用効果を生ずるような配列であることを強調して、本件考案の技術的範囲を自ら限定したのである。

このように、本件考案の登録出願当時の技術水準からしても、ロ号製品の突条が本件考案の技術的範囲には属さないと解釈するのが正当と認められるのである。

(3)  以上述べてきた本件考案の技術的範囲の解釈、すなわちロ号製品の如き突条が本件考案の技術的範囲に属さないことは、本件考案の登録出願の審査の過程で原告自らが宣明しているところでもある。

すなわち、本件考案は昭和42年5月に出願され、昭和47年3月に拒絶査定を受け、同年5月これに対する審判請求がなされたが、結局、昭和50年5月、審決が挙示する引用例からきわめて容易に考案をすることができたものであることを理由に登録を受けることができない旨の審決を受けた。右のような審査、審判手続の経過をたどる中で、原告は、昭和46年4月7日付拒絶理由通知(乙第1号証)に対する同年5月27日付意見書(乙第2号証)において、実公昭42―5736号公報(乙第3号証)及び実公昭40―27894号公報(乙第10号証)と本件考案との相違点について、「(右乙第3号証においては)中空凸条2は平行に配置されてビラ等が貼り易く、また、凸条に平行な切込をする悪戯に遭えば電柱の美観を害する」、「(本件考案においては)小突起または小凹凸を形成させる。これに張紙をしようとしても、接着面積が小さいから貼付け難く、貼付けても剥離され易い」、「(本件考案は乙第3号証、第10号証と比べると)それらに見られない新規の構造を備え、それに伴ない独特の作用効果を奏する」と主張し、また拒絶査定に対する昭和47年5月9日付審判請求書(乙第4号証)において、同じく乙第3号証と本件考案とを比較して、「連続した凸条にかえて、縦横に適当な相互間隔を有する突起とすることは、当業者が必要に応じてなし得るものと認めることは、本願の対象に対し、物理学的の水の流動、空気の膨張等の観察不在の粗雑な結論である」、「連続した凸条はゴムその他の柔軟の材料上は電柱に平行に縦に設けられている。縦に並ぶ凸条間には平面の間隔があるので、ビラ等を貼り易い。この場合貼紙とゴム板は密着し、その間に空気も雨水も流入できない」、「本件考案においては、合成樹脂より成るカバーに縦横に適当な相互間隔を有する突起を設ける。これは全面がビラ等を貼り難い状態となる。もし、その上に貼紙しても糊の付着は面状でなく、点状である。さらに、貼紙とカバーとの間に縦横に空間が残り、気温に従つて空気が膨張して貼紙を剥ぎ取るように作用し、さらに雨水等が縦横に浸入し、かつ流動すれば一層剥離を助長する」と主張し、さらに、昭和48年6月20日付拒絶理由通知(乙第5号証)に対する同年8月6日付意見書(乙第6号証)において、本件考案の「特徴と利点」として、「合成樹脂よりなるシートに、縦横に適当な相互間隔を保つて尖頭突起を設ける。これはビラ等が貼り難い状態となる。面でなく点で接することになる。(略間隔3ミリメートル、突起の高さ0.8ミリメートル以上)」と主張している。

以上に指摘した各文言からすれば、被告が本件明細書及び本件登録出願当時の技術水準を根拠として述べてきた本件考案の技術的範囲の解釈、すなわち、貼紙が点接触とならない突条の構成のものは本件考案の技術的範囲に属さないとしているという理解が、外ならぬ原告自身が繰返し強調した内容とも合致していることが明らかである。また、このような、原告(出願人)が表明したところからすると、ロ号製品のような突条を設けたカバーについては、本件考案の技術的範囲には属さないものとしたというべきである。

4 被告の主張に対する原告の反論

1 被告は、本件明細書の登録請求の範囲の欄にいう「縦横」とは、タテとヨコという意味であつて、それ以外の態様は含まれない旨主張するが、右解釈は誤りである。

本件考案における小突起あるいは凹凸は、貼紙との接着面積を少なくし、小突起あるいは凹凸間に雨水や空気を通すためのものであるので、これらの小突起あるいは凹凸があまりまばらであると、小突起や凹凸の無い部分に小さな貼紙を容易に貼ることが可能となり、また、平行に突条を設ける場合、あまり大きな突条であつて突条の断面がゆるやかなカーブのものを設けると、そのカーブにそつて貼紙を貼りつけることができ、接着面積を少なくするという作用も、貼りつけた場合に突条間に雨水や空気を通すという作用も発揮できない。そこで、本件考案は、右のようなものを含めない趣旨として、小突起あるいは凹凸について「縦横に適宜の相互間隔を保つて」と制限を加えたのである。したがつて、本件明細書の登録請求の範囲にいう「縦横」とは万遍なくの意であり、その中に「タテ、ヨコ」にならんでいる場合が含まれるかどうかは問題とはなりえても、「タテ、ヨコ」に並んでいる場合だけを指すのではないこと明らかである。

2 本件明細書の登録請求の範囲にいう「小突起あるいは凹凸」とは点状のものであればよく、点接触をするものと変わらない線状のものは右「小突起あるいは凹凸」に含まれる。ロ号製品は突条の構造を有するものであるが、右突条の断面は鋭角状であり、その頂点は点接触をするものと変わらない線状であるから、侵害の成否の評価に何ら影響を及ぼすものではない。そして、突条を設けることによつて空間が残り、雨水が浸入するように工夫をしたことにおいても本件考案のロ号製品とは何ら異なるところはない。

3 被告が挙げる公知資料のうちには、点接触を示したものではない。

4 被告が指摘する出願に対する審査、審判手続の経過中において、原告(出願人)は線状の突条を除外する見解を表明したことはない。ビラが貼り易い引用例との違いを指摘したからといつて、ロ号製品のような突条を本件考案の技術的範囲に属さないとしたことにはならない。

5 被告の抗弁

イ号製品は本件考案の技術的範囲に属するものであるが、そしてまた、仮にロ号製品が本件考案の技術的範囲に属するとしても、本訴請求は失当である。

1 被告は、本件実用新案権につき実施権を有する。

(1) 本件考案に関し、原告と被告との間には、次のような関係が存した。

(1) 昭和41年9月に、原告は数回にわたつて被告方に来社し、面識があつた訴外矢沢啓作(当該被告総務課長)と面談した。これらの面談を通じ、原告は矢沢に対し、表面形状に変化をもたせた合成樹脂板を電柱等に巻きつけて、貼紙防止の効果をあげ得るものかどうか、という問題意識を有していることを告げ、このような問題点解明につき、我が国でも有数の合成樹脂等に関する技術のある被告の協力を求めた。

(2) 矢沢は、原告の右申入れを受け、直ちにこれを被告取締役山田桜(当時技術担当専務取締役)らに報告した。山田は、原告の提出した右問題意識に十分研究の価値があることを認め、同年10月上旬頃、被告研究主任沢村照雄に対して研究に着手するよう命じた。

(3) 沢村は、当時被告の中央研究所において製品検査、材料検査を主として担当していたが、山田の命に基づき、直ちに研究を開始した。沢村は、山田から、被告の製品である屋根布(検乙第1号証)が右問題点の解明に有益ではないかとの示唆を受けたが、むしろ適宜の相互間隔を保つて配列された突起を多数設け、突起の高さも十分とつて、紙に糊を塗付して貼付けた際点接触となるようにした方が所期の効果をあげるのではないかとの着想を得、さらに、同じく被告製品であるパーホロン(検乙第2号証)の製造過程における半製品(検乙第3号証)がその目的に添うものではないか、と気付いて、これと前記屋根布とに、実際に紙を糊で貼り付け、その貼紙防止性即ち貼紙剥離性如何を検討した。その結果、沢村が予測した通り、無数に突起があり、貼紙に対して点接触となるパーホロン半製品の方が顕著な貼紙防止性を示し、このように設けられた小突起又は凹凸が、貼紙防止の効果に結びつくものであることが確認された。

(4)  右研究結果は、沢村から山田へ直ちに伝えられ、さらに山田から矢沢、矢沢から原告に伝えられた。せして、矢沢は、原告に対し、同年10月中旬頃前記パーホロン半製品を手渡し、自らもその確認をしてみるよう告げた。原告は、自己の問題提起が十分に解明され結実したことを歓びかつ驚き、渡されたパーホロン半製品を、早速この種の貼紙防止カバーのユーザーと見込まれる東電広告社に持ち込み、同社そばの東京都港区赤坂山王下付近の電柱に巻きつけてみるなどして試験をしたが、その結果も満足すべきものであつた。そこで、被告と原告とは、昭和41年10月下旬頃、被告が製造し、販売は原告が主として行うが被告も協力する、という形で具体的製品として共同して営業ベースに乗せることを約定した。

(5)  そして、同時に、被告においてイ号製品と同一の構成の製品を製造するための準備に入つた。この準備には被告の従業員があたり、これに要する諸費用は、すべて被告において出捐した。

(6)  ところが、このようにして製造準備作業が進展するなかで、原告は、昭和42年5月12日に、被告及び共同考案者たる沢村に無断で単独出願をしてしまつた。

(7)  その後、採算に乗せるべく、さまざまな準備過程を経て、ようやくイ号製品と同一の構成を有する貼紙防止カバーを製品化し、昭和43年10月から製品名を「マジツクシート」として本格的に製品販売を開始した。「マジツクシート」の製造は、一切被告の費用と技術と人員で行つたことは勿論、宣伝用パンフレツト、映画等の作成など販売の準備も殆んど被告の費用で行つた。このようにして、「マジツクシート」の製造販売は、被告において、専ら製造し、その販売は主として原告及び訴外株式会社ニツソクが行うが、被告も協力するという形の共同事業として進められた。なお、この間、昭和43年2月頃には、原告が本件考案を単独出願した事実が判明したが、被告は、原被告両者の共有であると信じていたし、現に共同事業が進展していたので、あえて手続的な措置を講じなかつた。

(3) この共同事業においては、いわゆる受注生産方式がとられていたこと、原告及び訴外株式会社ニツソクは、昭和44年10月発注の「マジツクシート」(30センチメートル幅、9,000枚)につき代金支払をしないままに放置し、昭和46年2月になると原告からの発注が無くなつたばかりか、同年1月13日から同年2月9日までの納品分合計816,200円の支払も放置し、しかも何よりも重大なことは、この頃、前記約定にもかかわらず、原告は、被告から何らの了解を得ることなく、他のメーカー(第一プラスチツク株式会社)へ「マジツクシート」を発注することまで始めるに至つたのである。被告は、このような原告側の一方的背信行為により、前記共同事業の維持を断念せざるを得なくなり、昭和46年3月イ号製品の製造販売を開始したわけであるが、本件考案に関する東京高等裁判所決昭和50年(行ケ)第79号審決取消請求事件が昭和52年2月に確定したことを知り、本件考案が将来登録される可能性が強くなつたと判断した時点で、イ号製品の製造販売を中止したのである。

(2) 以上の事実から明らかなように、本件考案は、原告と被告の従業員沢村照雄との共同考案であり、したがつて、被告は、登録の前後を問わず、共有者としての実施権を原告に主張しうる(共同考案にかかる考案について、共同考案者の一人が単独出願し、その名義の登録を得たとしても、当事者間においては、共有者としての実施権を主張しうる)と解すべきであるし、仮に右共同考案であるとの事実が認められないとしても、原告と被告とは、昭和41年10月下旬頃に本件考案の実施品である「マジツクシート」の製造販売の準備を開始する際に、本件実用新案権を共有にするとの黙示の合意をなしているので、被告は共有者としての実施権を原告に主張しうる。

(3) 仮に、右の黙示の合意が認められないとしても、原告と被告は昭和41年10月下旬頃あるいは遅くとも「マジツクシート」の本格的製造販売が開始された昭和43年10月頃には、本件実用新案権につき無償の実施権(登録後は通常実施権)を許諾する旨の黙示の合意をなしたものである。そして、前記共同事業は、既述のように、原告の一方的背信行為によつて破綻したものであるから、右の黙示的実施権付与の合意はなお有効に存続していること多言を要しない。

2 仮に、1項で主張した実施権の存在が認められないとしても、原告の本訴請求は権利を濫用するもので許されない。

すなわち、本件考案は、前記の如く原告と被告の従業員沢村照雄との共同考案であり、その完成までの具体的作業は、専ら被告の費用で被告においてなしたものであるから、原告は沢村又はその承継人である被告と共同出願をなすべきであつたにもかかわらず、ほしいままに単独で出願し、その登録を得たのであつて、被告に対し右登録の無いことを奇貨として本訴請求をなすことは正義に反するばかりか、本件考案の実施品たる「マジツクシート」の製造及び販売を原被告共同で長期間行つてきたこと、右事業が原告の一方的背信行為で中断されたこと、さらには本件実用新案登録の無効理由として多くの事由を有していることなどの事情を考え合わせると、一層原告の本件実用新案権に基く権利行使の不当性は明らかであり、本訴請求は権利を濫用するものといわざるを得ない。

6 被告の抗弁に対する原告の認否及び反論

1 本件考案が共同考案であることを前提とする実施権の主張は否認する。

本件考案は、原告が単独で考案したものであつて、被告は単にその実施について下請をしたにすぎないから、共同考案であることを前提とする実施権の主張は失当である。

原告が、本件考案について出願するに至つた経過は以下のとおりである。

(1) 原告が代表取締役である訴外株式会社ニツソクは、昭和48年3月以前には日本測地株式会社といい、その名のとおり訴外東京電力株式会社及びその関連企業を得意先として測量等の業務を行つていた。昭和40年頃、原告は東京電力の幹部らと会合したとおり、故木川田一隆氏から「電柱のビラの清掃代だけでも膨大な金がかかつている。うまいアイデアがあれば企業化できるのではないか。」とのアドバイスを受け、当時日本測地株式会社は、測量だけにこだわることなく、新しい業務を開拓しようとしたところであつたので、原告は右アドバイスを真剣に検討の対象とすることとした。

(2) 原告らは、昭和40年11月東京電力の要請に基づき、「都市美化開発研究会」というグループを作り、次のような手段について研究ないしテストを行つた。

(1) 電柱に薬剤又は塗料等を塗つておいて、貼紙を貼り難く、又は剥離し易くする手段

(2) 電柱にフイルムを巻付けておいて、貼紙を剥離し易くする手段

これらの研究は併行的に進められたが、(1)の剥離剤については、東京大学生産技術研究所の浅原昭三教授(専門は塗料)から、材料により種々の問題があることが指摘され、樹脂加工にも実用上問題があることが判明しつつあつた。そして、フイルムについては、訴外帝人株式会社のパンライトフイルムについてテストしたが、化学変化、柔軟性等の点で問題があると考けられた。

(3) そこで、原告としては、右のような手段よりも、突条を多数並べたもの、さらに小突起を多数シートに設けたものが良いと考え、昭和41年9月に、シート類の生産技術、生産能力のある被告会社に「シートに小突起を多数設けたものを製造できるか」という趣旨で相談をもちかけたのである。

したがつて、この時点で既に、本件考案の構成要件である「合成樹脂板」「縦横に適宜の相互間隔を保つて小突起あるいは凹凸を備えて成る」「貼紙防止カバー」等の点はすべて原告の意護において特定されており、技術思想としての考案が完成していたことは明らかである。その後、被告会社内において、右構成を有する貼紙防止カバーを現実に企業化ないし商品化し、これを製造工程にのせるについては材料の選択、製造方法の工夫等細部の研究がなされたものと推測されるが、それは本件考案の成立とは別の問題である。また、原告が昭和42年5月に本件考案につき登録出願をするに至つたのは、右時点において本件考案が実際に企業化して成功するとの見通しが立つたからであつて、この時点で考案が完成したからではない。

(4) 被告は、原告が相談をもちかけた時点において、「パーホロン」の製造技術を有していたことをもつて、本件考案が共同考案であるとの主張の根拠の一つとしているが、本件考案は、一定の目的と結びつけられた物の構造に関する考案で、凹凸の形状を貼紙防止という目的と結びつけて、貼紙防止用カバーとして構成した点に考案力があるのであつて、被告会社において、貼紙防止用カバー以外に関して凹凸のある形状の製品についての技術があつたとしても、本件考案の考案者が誰であるかを左右するものではない。また本件考案は、パーホロン半製品のごとき形状のものを対象としておらず、被告のいう「凹凸」の解釈、考案の成立、公知性に関する主張は全て失当である。パーホロン半製品は、突起らしきものはあつても薄膜からなるもので、裏側(製品の表側にあたる)は中空で保持力に欠き、突起の先端は丸味を帯びて貼紙との接触面積は広く、裏側が中空のため電柱等に貼りつけると容易に延伸してしまつて突起の先端はさらに偏平になり、右接触面積はますます広くなつてしまうのである。これに対して、本件考案は、実用新案公報の第4図が示すように、裏側が充填され先端が鋭い形状の突起を想定しており、考案の詳細な説明では、突起について「小突起を円錐形、角錐形にして、貼紙に対して点接触で広い接着面を与えることがない」(本件公報2欄10行以下参照)として、本件考案にいう小突起あるいは凹凸が、先端の鋭いものでなければならないことを説明している。またその実用新案登録請求の範囲にも「塩化ビニール、その他の合成樹脂板」と記載されており、裏側の中空な膜状のものではなく、板状のものであることを明記している。

これら本件公報の記載によれば、本件考案がパーホロン半製品のごとき形状のものを対象としたものではなく、かえつて右のごとき中空の膜状で、かつ先端に丸味があつて広い接触面積を与えるものはこれを除外する趣旨であることが明らかである。

(5) 右事実は、本件考案の登録出願に至つた事実経過に照らせば一層明白である。

すなわち、原告が本件考案を着想するに至つたのは、訴外東京電力株式会社の女子従業員のヘアプラシを見て、簡単なテストを行つたことがその重要な契機になつているが、ヘアブラシの先端は相当に鋭く、もちろん中空ではない。そして、その着想に基づき、突起の高さ0.8ミリメートル以上の数値を示す等相当具体的に形状を示して被告会社の矢沢啓作に相談をもちかけたところ、同人が持参してきたのが屋根布(検乙第1号証と同一のもの)とパーホロン半製品(検乙第3号証と同一のもの。但し、色は異なる。)である。そして、このパーホロン半製品については、原告は突起の高さが不充分であると考えたが、一応テスト協力を訴外東京電力株式会社に頼んだところ、前述のような欠点が明確になり採用に至らなかつたのである。したがつて、被告主張のように、原告はパーホロン半製品を見せられて満足したとか、実施試験の結果も満足すべきものであつたというのは、事実とは全く正反対である。原告においては、もつと先端の鋭いもの、裏に中空のない板状のものを考えていたのであつて、この考案を実際の製品として完成させたのは、出願後に訴外ハマ化成株式会社の手によつてであり、被告において本件考案の実施品を完成させたのは、原告が右ハマ化成株式会社の製品を被告に参考のため交付し、製造上の注意(ロールの回転を工夫すること)も原告から与えられてから後のことである。

(6) さらに、矢沢啓作は、原告が実用新案登録出願手続についての相談をした際、参考書を原告に示しており、それに基づいて原告が起案した実用新案登録願書が乙第11号証である(但し、書き込み部分を除く)。そして、矢沢啓作は右願書を原告から受け取つて原告単独出願を意味する明細書原稿(甲第5号証)を作成して原告に交付しているのである。原告の単独出願が被告の意思に反すると被告が考えていたとすれば、右のようなことはあり得ないことで、被告も原告の考案であると考えていたからこそ右のような協力がなされたものとみるのが自然で、合理的である。

以上のとおり、本件考案の出願に至るまでの事実線過に照らして、また考案の内容に照らしても、本件考案は原告が単独で考案したものであることは明白である。

2 実施許諾がなされた旨の主張も否認する。

被告は、本件考案の実施に関して被告が協力をしたとし、このことを理由に、本件考案について黙示の実施許諾がなされたものと認めるべきである旨主張する。しかしながら、本件考案の実施に被告が協力したという事情はなかつたし、仮に考案の実施に協力したとして、それだけで黙示の実施許諾を認めたことになるとの被告の主張自体明らかに論理の飛躍である。

すなわち

(1) 本件考案の実施品を最初に製品化するメドを見出したのは、訴外ハマ化成株式会社であつて被告ではない。被告も社内で何らかの努力をしたことは推測されるが、それは本件考案を実施化する上で直接役立つてはいない。そして、前記のとおり、被告は原告から右ハマ化成株式会社の製品の交付を受け、かつその製造上の注意を受けて、初めて本件考案の実施品を製造できたのである。原告としては、右ハマ化成株式会社に注文すれば目的を達成できたのであるが、矢沢啓作との個人的な関係を尊重し、周囲の反対も押し切つて、わざわざ被告に製造を担当させるようにしたのである。したがつて、被告のいう協力なるものは、製造を担当する下請業者であれば通常一般になしている努力にすぎず、原告はそれ以上の特段の協力は受けていない。

(2) また、本件考案に係る製品を企業化できれば、相当の需要を見込めることは、原・被告双方とも期待していた。しかし、本件考案に係る製品は、一般消費者に市販できる性質のものではなく、需要は訴外東京電力株式会社のほか、特定の企業、団体に限られていたのである。そして、当時、右東京電力についてみても、原告は密接な関係を有していたけれども、被告は直接の関係を有していなかつたのである。このような状況の中で被告の原告に対する協力があつたとしても、それは被告にとつての得意先獲得の1手段にしかすぎないのである。被告が自己の努力について何らかの見返りを期待することは当然であろうが、それは反対給付の対価を法的に保障するまでの趣旨でないことは明白である。いわんや、将来において、被告が原告と離れて独自に本件考案の実施品を製造・販売してよい趣旨であることは到底考えられない。

3 権利濫用の主張は争う。

本件考案は、前品1記載の如く原告が単独で考案したものであるので、被告の主張は、その前提を欠き、失当である。

第3証拠関係

1  原告

1 甲第1ないし第3号証、第4号証の1、2、第5号証、第6、第7号証の各1、2、第8号証を提出。

2  乙第12号証のうち、「矢沢様」との書き込み部分の成立は知らないが、その余の部分の成立は認める。その余の乙号各証の成立は認める。検乙第1ないし第3号証が被告会社製造のものであることは認めるが、検乙第1、第2号証が昭和41年頃製造販売されたものであることは知らない。

3  原告本人尋問の結果を援用。

2  被告

1 乙第1ないし第12号証、第13、第14号証の各1、2、第15、第16号証、検乙第1号証(被告会社製造の合成樹脂製シート・昭和41年頃製造販売)、第2号証(同・商品名パーホロン・昭和41年頃製造販売)、第3号証(検乙第2号証の製造過程中のもの・半製品)を提出。

2 甲第6号証の1、2の成立は知らない。その余の甲号各証の成立は認める。

3  証人矢沢啓作、同沢村照雄の各証言を援用。

理由

1  原告が本件実用新案権を有すること、本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載が原告主張のとおりであること、被告がイ号製品を昭和46年3月から昭和52年2月まで製造し、同年11月まで販売していたこと及びロ号製品を昭和52年10月から製造販売していること、イ号製品、ロ号製品の構造がそれぞれ別紙物件目録1、2記載のとおりであること、イ号製品が本件考案の技術的範囲に属することは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、ロ号製品が本件考案の技術的範囲に属するか否かについて、まず考察することとする。

2  右争いのない実用新案登録請求の範囲の記載と成立に争いのない甲第2号証(本件公報)の記載によると、本件考案は A 貼紙防止カバーであること、

B 塩化ビニールその他の合成樹脂板からなるものであること、

C 縦横に適宜の相互間隔を保つて小突起あるいは凹凸があること、

という構成からなら、右構成をとつたことにより本件考案は

①  小突起を小さく円錐形、角錐形にして、貼紙に対して点接触であつて広い接着面を与えることがなく、貼紙の貼付は困難である、

②  コンクリート面と異なり、貼紙を貼り難い、

③  大型建造物自体に小突起を設けるよりは製作が簡易である、

④  貼紙の貼付は困難であるが、強いて貼付けた場合、突起間に雨水が浸入して糊を洗い落し、且つ突起間の空気が膨張して気流を発生し、貼紙を剥離し、市街の美観保持に貢献する、

⑤  弾性があるからコンクリート電柱自体の表面に突起を形成したものに比し、通行人、自動車に危害を及ぼすことがない、

という作用効果を奏することが認められる。

3  ロ号製品の構造を示すものであることについて当事者間に争いがない別紙物件目録2の記載及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、ロ号製品は次の構造からなるものと認められる。

A" 貼紙防止カバーであること、

B" 合成樹脂板からなるものであること、

C" 縦方向に適宜の相互間隔を保つた突条を備えていること、

4  そこで、本件考案の構成要件Cとロ号製品の構造C"とを対比する。

1(1) 前掲甲第2号証によると、本件明細書の考案の詳細な説明の欄に、本件考案の構成要件Cにいう「小突起」の形状、作用について、「小突起を小さく円錐形にして、貼紙に対して点接触で広い接着面を与えることがない」旨の記載はあるものの、「凹凸」の形状、作用については右のような記載はなく、また「小突起」と「凹凸」とでは、その形状、作用を異にする旨の記載もないことが、そして、本件考案の作用効果については、「貼紙の貼付は困難であるが、強いて貼付た場合、突起間に雨水が浸入して糊を洗い落し、且つ突起間の空気が膨張して気流を発生し、貼紙を剥離する」との記載はあるが、右の点につき、「小突起」と「凹凸」とでは異なつた作用効果を生ずる旨の記載もないことが各認められ、

(2) 成立について争いのない乙第13号証の2及び原告本人尋問の結果によると、原告は、

(1)  被告を審判請求人とする本件考案の無効審判手続(昭和52年審判第17087号事件)において、本人尋問において、「私が考えた貼紙防止効果というのは雨水が入ることによつて糊が剥がれるということと山の高さの空間があることによつて、空気が気流を発生して膨張し、それによつて自然に剥がれるというものであつた。塩化ビニールシートの上に先の尖つた線のものも考えたこともあるが、それは上からだけのもので横の空気の活用が出来ないのでだめでした」と供述し、

(2)  本件訴訟における原告本人尋問において、「突条の貼紙効果は小突起よりも少ない」旨供述し

ていることが各認められ、

(3) 成立について争いのない甲第3号証によると、本件考案に関する審決取消訴訟(東京高等裁判所昭和50年(行ケ)第79号)において、公知技術に比し「少くとも主要な目的及び作用効果において異なるものがある」として右審決が取り消されたことが認められ、

右認定に反する証拠はない。

2 前記(1)で認定した事実によれば、本件考案の構成要件Cにいう「凹凸」は、「小突起」と同様に本件考案の前記作用効果を生ぜしめる「凹凸」であつて、貼紙に対して点接触で広い接着面を与えることがない形状を有し、適宜の相互間隔を保つて、すなわち点状に配列されたものであると解するのが相当でかる。

3 次に、ロ号製品の「突条」が右の「凹凸」あるいは「小突起」にあたるかどうか検討するに、ロ号製品の構造を表示するものであることに争いのない別紙物件目録2の添付第1図ないし第3図によれば、右「突条」は、突部断面が鋭角状で凹部断面が孤状となつている連続的な線状の突起で、貼紙に対して点接触以上に広い接着面を与える形状となつていることが認められる。そして、これを前記2で認定した、本件考案の構成要件Cにいう「凹凸」及び「小突起」と対比すると、その形状を異にすること明らかであり、したがつて、ロ号製品の「突条」は、本件考案の構成要件Cにいう「凹凸」に該当せず、また「小突起」にも該当しないから、その余の点について判断するまでもなく、ロ号製品の構送C"は本件考案の構成要件Cを充足しない。

なお、原告は、点接触をするものと変わらない線状のものは「小突起」ないし「凹凸」に含まれる旨、またロ号製品の「突条」の断面は点接触であり線状であることとの相違は無視できる旨、さらには、ロ号製品の「突条」も、「突条」に沿つた直線を除いてその断面をとれば、必ず適宜の相互間隔を保つた小突起の構造となるのであるから小突起と同視しうる凹凸である旨主張し、作用効果の点についても、ロ号製品と本件考案とは同一の作用効果を奏する旨主張している。しかしながら、本件考案の構成要件Cにいう「凹凸」あるいは「小突起」とロ号製品の「突条」とではその形状を異にすること前記のとおりであり、前記(2)及び(3)で認定した事実によれば、その奏する作用効果もこれを異にするものと推認することができ、ロ号製品の突条をもつて原告が右あれこれ主張する理由によつて本件考案の構成要件Cにいう凹凸ないし小突起に含まれ、もしくはこれと同視しうるものは断じ難い。

5  以上のように、ロ号製品の構造C"は本件考案の構成要件Cを充足しないので、その余の構造について対比するまでもなく、ロ号製品は本件考案の技術的範囲に属するものとはいえず、ロ号製品は本件考案の技術的範囲に属することを前提とする原告のロ号製品の製造販売の禁止を求める請求部分は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

6  次に、イ号製品に関する被告の抗争について考察することとする。

1 証人矢沢啓作、同沢村照雄の各証言、原告本人尋問の結果、成立について争いのない甲第4号証の1、2、第5号証、乙第11、第12号証、第13、第14号証の各1、2(但し、証人矢沢啓作の証言、原告本人尋問の結果、乙第12号証、第13、第14号証の各2のうち、後記措信しない部分を除く。)及び本件口頭弁論の全趣旨によると、本件考案が出願されるに至るまで及び被告がイ号製品を製造販売するに至るまでに次のような事実が存したことが認められる。

(1)  原告は、昭和40年2月頃、原告が代表取締役をしていた訴外日本測地株式会社(昭和48年3月31日商号を株式会社ニツソクと変更)の取引先である訴外東京電力株式会社(以下「東京電力」という。)の代表者から、「電柱の清掃に1つ協力しないか」と話しを持ちかけられたことをきつかけとして、会社の業務を拡大することを考え、電柱等の貼紙防止という問題を研究するようになつたこと

(2)  原告は後記((3)の記載)のとおり、右貼紙防止に関する話しを被告に持ち込んだが、これより以前に、原告は東京電力の協力を得て信越化学、帝人あるいは横浜ゴムなどから既製の剥離剤やフイルムや塩化ビニールシートを入手し、自からテストしたり、東京大学生産技術研究所の教授に個人的に剥離剤やフイルムの貼紙防止効果についての研究を依頼したりなどしており、その結果剥離剤やフイルムでは好ましい結果が得られないということがすでに判明していたこと

(3)  原告は、昭和41年9月中旬頃、当時被告(当時の商号は川口ゴム工業株式会社)の総務課長で、かねてから原告と面識のあつた矢沢啓作と面談し、同人に対し「貼紙を防止する方法を考えてくれと東京電力にいわれ、全考えているんだがビニールの表面に凹凸のあるものはできないか」「ビニールの膜に凹凸のあるようなものを巻きつければ、貼紙を防止できる」等と話しをして、そうした製品をつくることについて被告の協力を求めたこと

(4)  矢沢は、原告の右申入れを、直ちに、当時の被告の専務取締役兼中央研究所長の山田桜らに伝えたところ、同人らは「ビニールの製品としてはあらゆる物を作つた経験はあるけれども、貼紙防止というものは初めてだ。しかし、いろいろな物が考えられるし、あるはずだからよく考えてみよう」との旨答えて原告の右申入れを諒承し、山田は、当時被告研究所で製品検査を担当していた沢村照雄に対して「屋根布に紙を貼つて、付くかどうか調べてくれ」との旨指示をしたこと

(5)  沢村は、右指示にしたがい、当時被告において製造販売していた屋根布(検乙第1号証は同一の製品)に糊をつけた紙を貼付け、糊が乾いたところで手でさわつて剥ぎ取る、という剥ぎ取り効果の有無を調べる実験をし、この実験の結果を沢村は、手で触れるとパラリと落ちたとの旨山田に報告したが、その際沢村は、当時被告において製造販売していた「パーホロン」(検乙第2号証は同一の製品)の半製品(検乙第3号証は同一の半製品)の方が屋根布より突起が多く接着面積が少ないから、効果があるのではないか、と提案したこと

(6)  矢沢は、山田に、前記原告の話しを伝えてから3、4日後に山田に呼ばれ、こんなものはどうだろうと言われて、屋根布や凹凸の深い床に敷くステップ等を示されたので、右屋根布等を原告に示したところ、原告からもう少しいいものはないかとして再検討を求められたこと

(7)  沢村は、山田に前記((5)記載)の提案をした後、パーホロンの半製品に、短冊型に切つたクラフト紙やアート紙の一部に市販のヤマト糊やアラビア糊をつけて貼り付け、糊を乾燥させた後、糊を付けなかつた短冊の上方を折り曲げて分銅をぶら下げることによつて、何グラムの分銅を下げれば紙が剥離するかという実験をなした結果、2グラム位の分銅を下げると紙が剥離するとの結論をえて、その結果を山田に報告したこと

(8)  山田は矢沢に「パーホロン」の半製品を示して、「沢村に実験をさせてみたが貼紙ができず屋根布より剥離効果がいいと言つている。原告に少し見本を渡して、原告自身に実験をしてもらつたらどうか」との趣旨を述べたので、矢沢は昭和41年10月中旬頃原告に「パーホロン」の半製品を見本として交付したこと

(9)  原告は、右パーホロン半製品を東京電力の関連会社である東電広告社の協力をえて東京都港区赤坂見附近近の電柱に巻きつけて実験をしたが、必ずしも良い結果が得られなかったこと

(10)  沢村は、後記((15)記載)の「マジツクシート」の開発には全く関与しなかつたこと

(11)  原告と沢村とは1度も顔を会わせたことがなく、本件考案の構成をどのようにするか、ということや作用効果としてはどのようなものがあるか等の点について相談したこともないこと

(12)  昭和41年当時、被告においては、社内で従業員がした発明、考案については社長の名義で出願し、従業員は報償金を貰うことになつていたが、本件考案に関して沢村は何らの報償も受けていないこと

(13)  原告は、昭和42年5月12日に本件考案につき単独で出願をしているが(この点については、当事者間に争いがない。)、右出願に際し、矢沢は原告に出願関係の参考書を貸与し、原告が書いた右出願書に添付すべき明細書の原稿を受けとり、これに手を加えて新らたに書き直して原告に交付するなど明細書の作成に助言をし、しかも出願人として原告の氏名だけを記載することに何ら異議をとどめていないし、右出願を知つた後も何らの措置を講じていないこと

(14)  原告は、被告が後記((15)記載)の「マジツクシート」の本格的製造を開始するに至るまでの間、被告に対し、被告が作つた試作品について「突起をもつと高くしてくれ」とか「突起をもつと鋭くしてくれ」などと注文をつけたり、訴外ハマ化成が作つた貼紙防止用シートの試作品を提供し、このようなものを作つてくれ、などと指示する一方、被告が作つた試作品を電柱に貼つて、貼紙防止効果を試べたりしていたこと

(15)  被告は、昭和43年10からイ号製品と同一の構成を有する貼紙防止用シート、商品名「マジツクシート」の本格的な製造を始めたこと、

(16)  原告が代表取締役をしている訴外日本測地株式会社と被告との間で、本件考案の実施品である貼紙防止用カバーを製品化して、被告がこれを製造し、右訴外会社が販売する旨の契約が結ばれ、原告と被告の協力により製品化されたのが前記((15)記載)の「マジツクシート」であること(なお、契約締結の時期、内容は右認定以上に証拠上これを特定することはできない。)

(17)  昭和43年10月から昭和46年1月頃までは、被告が「マジツクシート」を製造し、日本測地株式会社がこれを販売するという関係が続いてきたが、原告が昭和46年2月頃訴外第1プラスチツク株式会社に右「マジツクシート」を発注したことから、被告は同年3月からイ号製品(商品名「ピカシート」)を製造販売するようになつたこと

以上のような事実が認められ、前掲証拠中右認定に反する部分は前掲各証拠と彼此対比すれば直ちに採用し難く、他に右認定事実を左右するに足る証拠はない。

2 そこで、以下、右認定事実にもとづき、被告の抗弁について検討する。

(1)  本件考案は原告と被告従業員沢村照雄との共同考案であることを前提とする共有者としての実施権を有する旨の主張について

共同考案すなわち考案が共同でなされたというためには、2人以上の者が考案の創作に実質的に協力し共同して考案を完成させたことを要するものと解すべく、ある者が単なる協力をしたにすぎないときはその者は共同考案者とはいえないところ、前記1(5)、(7)で認定したように、沢村がしたことといえば、上司である山田の指示を受けて被告が製造販売していた屋根布(検乙第1号証は同1の製品)に貼紙をして、その剥ぎ取り効果を調べる実験をしたこと、被告が製造販売していた商品名「パーホロン」なる製品(検乙第2号証は同一の製品)の半製品(検乙第3号証は同一の半製品)の方が右屋根布より突起が多く、貼紙に対して接着する面積が少ないから、より剥ぎ取り効果があるのではないかと考え、右効果を調べる実験をしたこと、右各実験の結果を右山田に報告したことにとどまるのであつて、他に同(6)、(8)、(9)で認定したように、右報告の趣旨は山田から矢沢を介して原告に伝えられ、この報告の趣旨をふまえて、原告が、沢村において選び出した右パーホロンの半製品を実際に電柱に貼つて貼紙防止効果の有無を調べた事実を勘酌しても、原告の依頼により沢村が原告を考案者とする本件考案の完成に助力(単なる協力)をしたことは認め得ても、もつて直ちに本件考案が原告と沢村との実質的な協力によつて共同して完成されたもの、すなわち原告と沢村の共同考案であるとは断定し難く、他に、本件考案が原告と沢村との共同考案であると断すべき証拠はない。かえつて、前記1に認定した事実を総合すれば、本件考案の完成に至る過程において沢村ないし被告の助力(単なる協力)があつたことは否定しえないものの、本件考案の創作は、原告が単独でしたものといわざるをえない。

したがつて、被告の右主張は、共同考案であるとの前提を欠き理由がない。

(2)  原告と被告との間で、本件考案を共有にするとの黙示の合意がなされ、被告は共有者としての実施権を有する旨の主張について

被告は、昭和41年10月下旬頃、本件考案の実施品である「マジツクシート」の製造販売の準備をする際に、右合意がなされた旨主張するが、前記1(8)、(9)で認定した事実、すなわち、被告が「パーホロン」の半製品を原告に交付し、原告がこれを電柱に貼つて貼紙防止効果の有無を調べた、という事実をもつて、「マジツクシート」の製造販売の準備を開始したとはいい難く、他に右準備が被告主張の頃開始されたことを認めるに足る証拠はなく、さらに原告と被告との間で、本件考案を共有にするとの黙示の合意がなされたことを認めるに足る証拠も存しない。

したがつて、被告の右主張は理由がない。

(3)  原告と被告との間で、本件実用新案権につき、無償の実施権(登録後は通常実施権)を許諾する旨の黙示の合意がなされた、との主張について

被告は、昭和41年10月下旬頃あるいは遅くとも「マジツクシート」の本格的製造販売が開始された昭和43年10月頃には、右黙示の合意がなされた旨主張する。しかしながら、前記1(14)で認定したとおり、被告が本件考案の実施品たる「マジツクシート」を製品化し、製造するにつき、メーカーとして多くの努力を払つたことは認められるものの、右事実から直ちに被告が主張するような無償の実施権(登録後は通常実施権)を本件実用新案権につき許諾する旨の合意が原告との間でなされたものとは断じ難く、他に被告の右主張を認めるに足る証拠はない。

したがつて、被告の右主張は理由がない。

(4)  権利濫用の主張について

被告は、本件考案が原告と被告の従業員沢村照雄との共同考案であるにもかかわらず、単独で出願し、沢村の権利の承継人である被告と共同出願をしなかつたこと、本件考案の実施品である「マジツクシート」を製品化する迄の準備作業及びその製造、販売の為の作業は全て被告の方でなしてきたこと、「マジツクシート」の製造販売を原被告共同で長期間行つてきたこと、右事業が原告の一方的背信行為で中断されたこと、本件実用新案登録には無効理由が存すること等を理由に、原告の本訴請求は権利の濫用にあたる、と主張している。

しかしながら、本件考案が原告と被告従業員沢村照雄との共同考案でないこと前記(1)で認定したとおりであり、被告が本件考案の実施品たる「マジツクシート」を製作し、製造し、販売するための作業を負担したのは、前記1(16)で認定した契約に基づくものと推認しうるし、「マジツクシート」の製造販売事業が約2年4か月余りで中断したこと(同1(17))の原因が、原告の一方的背信行為によるものであると認めるに足る証拠はなく、本件実用新案登録に無効理由が存すると断ずるに足る証拠もない。他に右主張を認めるに足る証拠はなく、したがつて被告の右主張は理由がない。

以上のとおり、イ号製品に関する被告の抗弁は全て採用することができない。

7  原告の損害について

1 原告は、被告は昭和49年4月7日から昭和52年11月までの間に、少なくともイ号製品を40万平方メートル(合計金4億円)製造販売した旨主張し、被告は右期間内にイ号製品を5万2,842.1平方メートル(合計金3,923万8,960円)製造販売したことは争つていないので、右限度で当事者間に争いがなく、右限度を超える原告の主張部分については、これを認めるに足る証拠はない。

2 被告は、被告がイ号製品を製造販売したことに何らの過失も存しない旨主張し、その理由として、イ号製品の製造販売に際しては、本件実用新案登録は前記のとおり無効理由を多く有しており、登録出願時すでにこの点が明らかであるから、本件考案についてはその登録がなされる可能性が無いものと被告において認識していたものであり、かつそのように認識するについて相当な事由があつた旨、又、原告と被告との被告主張の従来の関係から、被告がイ号製品の製造販売を続けることが法律上許容されると考え、かつそのように考えるについて相当な事由があつた旨述べている。

しかしながら、本件考案の登録出願は昭和49年4月6日に公告され、昭和52年8月31日に登録されていること(このことは、当事者間に争いがない。)、前記6 1(15)で認定したように、本件考案の実施品である「マジツクシート」とイ号製品とは同一の構成を有するものであること、前記6 2(1)、(2)、(3)で認定したように、被告には本件考案を実施する権限がないこと、前記6 1(16)、(17)で認定したように、昭和46年2月の時点で既に原告と被告の間の契約関係は破綻していたこと等の事実を総合して考察すれば、被告が本件考案の技術的範囲に属するイ号製品を製造販売して本件実用新案権を侵害したことに、過失がなかつたとは認め難い。被告の無過失の主張は失当である。

3(1) 次に、原告が蒙つたと主張する損害の額であるが、原告主張のように、被告がイ号製品を製造販売したことにより、原告は本件考案の実施に対し通常受けるべき金銭の額、すなわち、いわゆる通常実施料の額に相当する額の損害を蒙つたとみるのが相当である。

(2) そこで、本件考案の実施に対する通常実施料の料率いかんにつき検討するに、成立について争いのない甲第7号証によると、原告と株式会社ニツソクとの間で締結された本件考案の専用実施権設定契約において、その実施料率は各年度に応じ売上高の7パーセントから3パーセントと定められていることが、また成立について争いのない甲第8号証によると、実施料の決め方として、販売価格を基礎とした場合、実施価値の上下により、4パーセントから2パーセントの基準率が例示されていることが認められ、これらの事実に前記6 1(14)、(16)、(17)で認定したように、本件考案の実施品たる貼紙防止用カバーの開発、製造について、被告は長期にわたりメーカーとして原告に協力してきたことや被告を製造元、原告が代表取締役をしている会社を発売元とする契約関係が一定期間継続していたことなどを勘酌すると、本件考案の実施に対する通常実施料の料率としては、原告が主張するように販売価格の5パーセントとすることは高きに失し、3パーセントをもつて相当と認めるべきである。他に、右認定を覆するに足る証拠はない。

(3) そうすると、イ号製品の製造、販売に対する本件考案の実施に対する通常実施料の額は、前記認定した販売価格合計3,923万8,960円に前記実施料率3パーセントを乗じて得た金117万7,168円(円未満切捨て)となり、原告は、被告の前記侵害行為によつて、右金117万7,168円に相当する額の損害を蒙つたことになる。

8  以上の次第で、原告の本訴各請求は、イ号製品に関する前記損害金117万7,168円及びこれに対する不法行為の後である原告主張の昭和52年12月1日から支払済みまで民事法定利率年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条、第92条の規定を適用し、なお、仮執行の宣言についてはこれを付さないこととして却下し主文のとおり判決する。

(秋吉稔弘 野崎悦宏 川島貴志郎)

〈以下省略〉

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